【上海旅行記2日目】歩き通した市内観光

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神乃木所長、上海を旅する

いよいよ市内観光へ!

2日目の朝はよく晴れており、絶好のお出かけ日和となった。上海旅行の3日間を通してずっと晴れの日が続いたのは、本当に僥倖と言わざるを得ない。

ちなみに僕個人としては、1日目蘇州に行くつもりで考えていたのだが、色々検討した結果1日目は普通に市内観光しようということになった。

というわけでホテル近くの駅(海伦路:ハイルンルー)に行くことにした。上海市は公共交通に乗る時にICカードを使えるらしかったので、まずはそれを購入。デポジットとカード代で40元(600円程度)を支払って購入完了。

海伦路から目的地の新天地までは地下鉄で1本だ。

 

コラム:上海市の交通事情(地下鉄編)

上海市の地下鉄は、日本のそれと似たようなもので、一部日本よりも進んでいる。

まずは駅。駅の改札は、すべてICカード対応。ちなみにこのICカード、2002年に運用が開始されており、東京のSuicaとほぼ同時期というから驚きだ。ただし改札機は展望台とかにありがちな、鉄の三叉を自分で回すタイプのものになる。きっとセンサーとかで対応するのが難しいのと、不正乗車対策が大変だからだろう。「ピンポーン」という音とゴムの柵で止まってくれるのは日本人くらいに違いない。

またプラットホームは、駅にもよるが、大体の駅にホームドア又はホーム可動柵が設置されている。駅のモニタには、次の電車があと何秒で来るかを表示するタイマーが設置されており、これが恐ろしいほどに正確な数値を出している。

車両は線路幅が広く中がゆったりした仕様になっており、加速はかなり急だ。札幌市営地下鉄に乗ったことのある人は、それを想像してもらうとイメージとして正しいだろう。

車両の椅子は日本のように柔らかい椅子ではなく、ベンチのような椅子になっている。車両によってはバケット型になっていることもあるが、大体は平らな椅子なので、足を広げておっさんが座っていることが多い。ただし混雑しているときは割りと詰めて座っている。この辺は日本と同じだろう。

車内の人を見てみても、携帯電話を弄っていたり、音楽を聴いていたり、寝ている人が居るなど、基本的にその風景は日本とよく似ている。車内で寝ている人が居る時点で、確かに上海の治安はそこまで悪くないということが察せられた。

また車内の至るところには、広告用のモニタが表示されており、常に化粧品だの天気予報だのの情報を流していた。このモニタの数は日本の鉄道よりも数が多く、その辺りも進んでいるなぁと感じるところが多い。

特筆すべき点としては、携帯の電波が全面的に通じることが挙げられるだろう。日本の地下鉄はドコモ・AU・ソフトバンク共に走行中は電波が通じないことが殆どだが、上海の地下鉄はどの路線に乗っても電波が通じた。これはぜひとも日本にも見習って欲しいものである。

ちなみに、地下鉄はテロ対策のためか荷物検査が実施されていた。荷物検査は外国人ぽい人は強制的にやらされるようで、現地の人はスルー、外国人ぽい自分たちは荷物検査しろと毎回言われた。ただし、昼休みの期間中は検査場そのものが休みになっていたので結構ずさんな検査だと言わざるを得ないだろう。

 

復興公園

さて、新天地駅に到着後、まずは適当に歩いて回ることにした。街を歩いていると、とにかく緑が多いことに気づく。東京なんかはとりあえず家を建てまくったせいで緑が少ないが、上海は都市計画に基づいてきちんと整備を行っているおかげか、大きめの通りには必ず並木が植えられ、涼しさを演出していた。

新天地駅の近くには復興公園という公園があり、マルクス・エンゲルスの石像が置かれていた。その裏ではサングラスをかけたおじさんがサックスを吹いており、その隣で中国の笛子を練習している爺さんが居た。

復興公園は緑豊かな整備された公園で、日本でいう上野公園のような雰囲気だ。あちこちで人が集まって、合唱やカラオケ、弾き語りなどを楽しんでいる。ギターを勉強してこのあたりで日本の歌を弾き語りしたらさぞかし面白いだろうなぁ、等と考えていた。

中国の人達はとにかく、外で誰かと話しているのが好きなようで、平日の昼間から公園や街に出てきては、常に誰かと喋ったり、将棋やトランプをして遊んでいる。何をやっているのかと思うかもしれないが、考えてみれば日本人が働きすぎなのかもしれない。

復興公園付近のトイレは整備がよく行き届いており、石鹸やジェットタオルが使用可能だった。ちなみにトイレの外ではコンドームが0.5元で売っていたので、日本も中国も夜になってやることは一緒なのだということが分かった。

▼動画で見る復興公園の風景(音量注意)

▲新天地はオシャレな路地が多い▲生活圏への入り口▲さながら外国のようだ(外国だが)
▲落ち着いた雰囲気

 

 

南京東路と生活路地

次は南京東路(ナンジンドンルー)という場所へ移動した。移動は地下鉄で1本。南京東路は文房具と本の街。東京でいう神田のような感じで、古本屋から外国の本を扱う店、毛筆店などが立ち並ぶ。気になったので近くの古本屋に入ると、なんと古本は計り売りで売っていた。日本の本と思しき本なども売っており、中国版萌え絵の描き方みたいな本も売っていたので勢いで買ってしまった。

ちなみに日本の本が売っている本屋で価格を見たが、日本語で書いてある日本の本は、ラノベ1つで80元(1000円程度)とかなり割高である。

昼飯はガイドブックに書いてある店で取ることにしたが、その道程で貴重と思える体験をしたのでそれを記しておきたい。

上海の街の構造は、大きく分けて大通りに面する店と、その内側にある路地で構成されている。路地は時間によっては通行禁止にできるよう入り口に柵が設けられ、外から入るには小さな入口から入らねばならない。

そして路地の部分にある家々は窓も小さめで、路地に街灯などは設置されていない。これが、昨日夜夜景を見た時に感じた違和感の正体だ。つまり、通り部分のみ街灯の明かりが存在しているため、夜景が四角い回路のようになるのである。

昼飯を食べに行く途中でそこを通る機会があったのだが、その路地に入って驚いたことがあった。

 

▲アジアの路地といった感じ。上海で撮った中で一番好きな写真だ。

とにかく、静かなのだ。

外の喧騒が嘘のように静かで、人々は外で食べ物を売ったり(これは正真正銘の住民向けの食べ物だ)、トランプで遊んだりしているが、とにかく静かだ。外で洗い物をしている人たちも居り、まさに「粛々と生活を営んでいる」と言う表現が正しい。

路地は細く、天井には電線や針金を使って洗濯物が干されている。これらの洗濯物は大きな鉄の棒を使って上げ下げすることができるようだ。

僕達が歩いて行くと、物珍しそうに住民たちがこっちを見るのが分かる。まさにテレビで見たような風景が、そこに広がっていた。

正直なところ、新天地駅を降りてからここに来るまで、あまり異国に来たという実感が湧いていなかったが、この路地を一本抜けただけで、異国に居るんだという実感が数倍増したのは言うまでもない。

路地を抜けると一気にクラクションの音が鳴り響きはじめ、静かで、止まった時間から解放されたかのような錯覚を覚えた。

昼食はラーメンと小籠包を指さしで注文。中国のレストランは前会計の店が多いので、それにならう形で注文した。味はけっこう美味しかったように思う。

その後は南京東路をひと通り観光し、次の場所へ行くことにした。

▲南京東路は歩行者天国▲南京東路のデパートのトイレにて。
今の中国では、「文明化」が一つのキーワードだ。

 

東方明珠塔

海を渡って浦東(プゥドン)地区へ移動することにした。いわゆる上海の町並みを紹介する時によく登場する、タワーや高層ビルが立ち並ぶあの地区である。

地下鉄できたものの、降りた場所が悪かったので、そこからタクシーを使うことにした。タクシーは日本と違って手でドアを開ける方式。きちんと「ドンファンミンジューター(東方明珠塔)!」と言ったにも関わらず通じなかったので、ガイドブックで指さすと、運転手は「ああ、ドンファンミンジューター」みたいな感じの反応。どこがどう違うのか良く分からなかった。

ちなみに「東方明珠塔」は、英語に訳すと「オリエンタルパールタワー」というカッコいい名称になる。日本人だったら絶対こっちを使うだろうな。

東方明珠塔は、行ける展望台の場所によって価格が違う。そこまで高い場所に登る気もなかったので、一番安い120元(260mまで登れる)のチケットを買った。

展望台の上に登ると、上海市内を一望することができた。

一望したときの第一印象は、「うわっ空気汚っ!」である。写真を見てもらえばわかると思うが、雲ではない何かが都市部に渦巻いているのがわかる。ちなみに上海からの帰国後私は喉を痛めたほか、現地のニュースでも大気汚染指数などを放送しているくらいなので、空気の汚さは割りとマジのようである。

展望台を1フロア降りると、外に出られる展望フロアがあった。が、この展望フロア何かがおかしい。「高血圧の人、心臓の弱い人は外に出ないでください」という注意書きがあるのだ。

外に出てみて納得。なんと、床が透明で、260m下が丸見えなのである。つまり下から双眼鏡で見れば(以下略)なのである。これは足がすくむわけだ。高所恐怖症というヤマナカ君、割りとマジでビビっていた。僕も下を見ながら歩く自信はなかった。

 

 

 

夜の豫園・外灘へ

一度ホテルに帰った後、夜の豫園(ユーユェン)に向かうことにした。豫園は民の時代にできた庭園で、夜はライトアップされて美しいと評判である。ちなみに途中の地下鉄で電車が非常停止したが、その時の案内は一切なく、数分後に何事もなかったかのように走りだした。

タクシーを降りて豫園周辺の街を歩いてみたが、ガイドさんなどが言っていた通り、まさにそこは浅草のような街並み。

小籠包の本家でもある南翔饅頭店で小籠包を味わった後は、タクシーで外灘に移動することにした。

外灘(ワイタン)は、上海の旧居留地のような場所で、横浜の山下公園付近を想像してもらえば分かりやすいだろう。水路沿いに公園が作られ、カップルなどのリア充や観光客で賑わっている。

ここは上海の夜景がよく見える場所として有名で、対岸にはさっき登った東方明珠塔や、世界で一番高い展望台を持つ上海環球金融中心ビル等が立ち並ぶ。夜景を見るためのクルーザーはパチンコ店のようにライトアップされており、中国のバブルをこれでもかというくらい見せつけているのが分かった。

この場所から上海の夜景を観ていると、確かに中国はもう日本などとうの昔に追い越して、世界一の国になろうとしているのが感覚的に理解できそうだった。都市は整備され、夜景はライトアップされ、流通は活性化している。日本の製品や技術がたくさん流入し、人々の文化意識は少しずつ上昇をはじめている。

確かに、路上で裸で歩いている人がいたり、信号無視して渡る人が大多数居たりと、まだまだ中国人の意識というものはいわゆる「文化的」ではないのかもしれないが、上海という街は確かに発展を続けているし、人民の意識が街の発展に追いつけば、この街は更に魅力的な、そして更に強大な都市になるだろうと感じた。

 

▲豫園の路地にて。
床に投影される模様が動いている。

▲外灘の風景はさながら山下公園

▲船はとにかくカラフルなものが多い

 

ホテルまでの道

外灘からホテルまでの地図を観ていると、案外歩けそうだということが分かったので、帰りは夜の上海を歩いて帰ることにした。

時刻は22時を回ったあたりだったが、街を歩いていて気になったのは、22時でもすっかり街が「眠っている」こと。交通量は少なくなり、街を歩く人々の数は少ない。代わりに、軒下で何かを食べていたり、談笑している人たちの数は増える。東京とかだと24時間人がどこにでも居るが、繁華街付近にも関わらずここまで街が眠っているのは見ていて新鮮だった。

一日で昼と夜両方の街を歩き、上海の両面を見ることができた気がした。

 

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