この話は、「喪失症」という謎の病気が世界中を席巻し、人々がゆるやかに消えていく最中の世界で、カブに乗った高校生男女が旅をする物語である。
「喪失症」とは、人が生きていた痕跡が跡形もなく無くなってしまう現象のことで、最初は文書の名前が消え、自分が自分の名前を忘れ、周囲にも名前を忘れられ、やがて身体が薄くなっていく症状だ。
この話の登場人物には、名前が存在しない。なぜなら人物は皆、「喪失症」状態にあるからだ。
主人公とヒロインでさえ、「少年」と「少女」と呼び合っている。非常に奇妙だ。
旅するのは、ことごとく人々が消え去った北の大地(恐らく北海道?)。
そんな中で出会った人たちとの人間模様を描く青春の一冊。
……という話なのだが、ハッキリ言って、この話は非常に惜しい。
作者があとがきで「締切1ヶ月前に書き始めた」と言ってるだけあって、なるほど、全体的にクォリティが低い。
とはいえプロとして作品を出してる以上、時間を言い訳にするのはナンセンスなので、どこが悪いのか書いていくことにする。
1.話の盛り上がりに欠ける
要するに構成の問題。この本は主に3部の構成になっており、それぞれの部で人と出会い、別れる話が描かれている。
しかし、3部の間に物語的意味の繋がりがほとんど存在せず、実質的にアンソロジーというか、短篇集のようなものになってしまっている。かといって、1部ごとに起承転結があって非常に盛り上がるか、と言われれば微妙で、結果的に話が分散していて読み応えが無かった。
どうせなら、きちんと1,2,3のすべての部が最終的に上手く結びつくようにするか、こういう部構成そのものを撤廃したほうが良かったと思う。
2.文章力が低い
同じようなジャンルで先に読んでしまった「世界の終わり、素晴らしき日々より(当ブログ感想)」と比べてしまうのは申し訳ないが、正直言って描写力・文章力共にレベルの低さを感じてしまい、読みながら残念な思いをした箇所が何度かある。無意味にレトリックや比喩を使いまくるのもどうかと思うが、使わないなら使わないなりにもっと上手に描写する術があったんじゃないか、と思う。
3.キャラクターの感情が平坦
魅力がないキャラクターというわけではない。ただ、感情が平坦なのだ。
中盤、とある登場人物が「喪失症」によって目の前で消えてしまう。
その時の会話の一部が、
「僕達には、どうしようもないかな」
「……そうだよね」
なんて会話している。そうじゃないだろう、と。
目の前で人が消えていく。自分たちも既に名前が解らない。進行が始まってる。いずれこうなるかもしれない。そんなことで良いのか? 不安にならないのか?
この話で一番残念なポイントだったと思う。というかこれが致命傷で、この話は面白くない。
旅をやめてその場で自殺しようとするぐらいのシーンは、この年齢の人物ならあっても然るべきだろうと思った。
主人公とヒロイン以外の別な女の子が現れるときも、ヒロインは「少年はきっと私と一緒にいるから大丈夫」なんて言っちゃってるし、そんな、別ルートに入った瞬間良い子になるギャルゲーの幼馴染じゃないんだから、と思ってしまった。
主人公もヒロインも、良い子すぎる。
世界観と設定が凄く良いだけに、話の作りの甘さとキャラクター造形のレベルの低さが露呈されてしまう、極めて残念な作品だった。
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